TWININGS トワイニング <イギリス>

TWININGS トワイニングは設立から300年以上の歴史をもつイギリスの老舗紅茶ブランドです。
住所:216 Strand, London WC2R 1AP
HP:https://www.twinings.co.uk/
日本HP:http://www.twinings-tea.jp/

トワイニングは日本でもおそらくリプトンに続いて有名なイギリスの紅茶ブランドではないかと思われます。1906年から日本に輸出を開始し、1965年から片岡物産が日本での総代理店となり、2007年に片岡物産と50%持分の合弁会社を設立しています。


箱根の温泉ホテルでもトワイニングのアールグレイが茶菓子と一緒に提供されています。

トワイニングのHPに公表されている内容をベースにトワイニングの歴史を紐解いてみたいと思います。

1662年 チャールズ2世と結婚したポルトガル人のキャサリン女王によってイギリスにお茶が公式に紹介されます。
(ただし、1657年にトーマス・ギャラウェイがギャラウェイ コーヒーハウスをオープンしてコーヒー、ココアと一緒にお茶も販売したようです。)

1684年 トワイニング家は当時まだ9歳だったThomas Twining(トーマス トワイニング)と共にロンドンに移り住みます。1701年、26歳になったトワイニングは市民権を得て、東インド会社で貿易商としての知識を得ます。

1706年 トワイニングはロンドンのStrand通りにあったTom’s Coffee Houseを買収しました。なんと、Strand通りのトワイニングは310年以上経った今でもその場所にフラッグシップショップがあります。水質が悪かった当時、コーヒーが最もポピュラーな飲み物でした。しかし、貿易商としてお茶の可能性を見出したトワイニングはコーヒーショップとして苛烈な競争を生き抜くよりも、紅茶に特化することで差別化を図ります。

1707年 トーマスはお店『Golden Lyon(ゴールデンライオン)』をオープンし、Twinings Gunpowder Green Teaを販売し始めましたが現在の価値で100g160ポンド(約2万3千円)で富裕層のみが楽しめる商材でした。

1749年 トーマストワイニングの息子Daniel Twining(ダニエル)はアメリカへの輸出を開始し、当時、ボストンの行政府も顧客だったそうです。ボストン茶会事件では不良な紅茶が海に捨てられましたが「捨てられたのはTwiningsの紅茶ではない」と有名な作家が書き残しているほど成功したようです。

1762年 Danielが亡くなったあと、未亡人となった奥さんのMary Twining(メアリー)が当時としてはまだ珍しかった女性経営者として引き継ぎます。当時、お茶への税金はピークに達していたそうで、税率がそれほどでなかったフランスやオランダから密輸して質の悪いお茶と混ぜる営みが横行しましたが、メアリーはそれを一切しなかったようです。

1771年 息子Richard Twining(リチャード)が経営を引き継ぎます。リチャードは茶の貿易について詳しい知識を持ち、ロンドンの茶取引所の議長を務めることになります。彼は、お茶に対する高い税率が密輸を促進することになっていると訴えかけ、お茶への税率を引き下げさせたことで、お茶が日常生活に入り込むきっかけとなったのです。1787年には現在まで続くTWININGSのロゴが採用され、イギリスで現在まで続くロゴの中で最も古いものとなっています。

1837年 ビクトリア女王によってお茶としては初めて王室御用達のブランドを得ます。それ以来現在に至るまで、イギリス王室御用達の称号を得ているようです。

1910年 初めてフランスにお店をオープンさせます。

1933年 初めてEnglish Breakfastブレンドを販売します。

1956年 初めてティーバッグの紅茶を製造します。

1935年に創業されたイギリス商材を扱う貿易会社Associated British Foods(上場企業)に1964年に買収されています。

2016年には「不思議の国のアリス」の世界観とリンクさせた”TWININGS  TeaLand”キャンペーンが日本とイタリアでスタートし成功をおさめブランド認知度は12%だったものが19%まで伸びたそうです。

TWININGS TeaLandキャンペーン

※イングリッシュ ブレックファスト 100g826円 1包23円


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